「月刊PHARMSTAGE」2025年4月号プレビュー

特集 「セラノスティクスの規制,開発,今後の展望」

セラノスティクス対応放射性医薬品の試験要件


三澤 隆史   国立医薬品食品衛生研究所 室長

蜂須賀 暁子  国立医薬品食品衛生研究所 主任研究官

1.はじめに

  放射性医薬品は放射線を発する放射性核種を薬効本体として,放射性核種自体あるいは化合物の組織集積性を利用し,放射性核種を病変部位に集積させることで,診断あるいは治療を行なう医薬品である。放射性医薬品の歴史は古く,放射性医薬品の日本薬局方に該当する放射性医薬品基準が1959 年に制定され,放射性ヨウ化ナトリウムおよび放射性リン酸ナトリウム関連5 品目が収載されている1)。以後,様々な放射性核種や核種を特定の臓器や組織に輸送するキャリア分子の開発が進み,組織透過性に優れたγ線を利用した画像診断であるSPECT(Single-photon emission computed tomography)やPET(Positron emission tomography)などに用いる診断薬,あるいはα線やβ線を利用した診断・治療薬などが承認されている。α線やβ線はγ線と比較して飛程が短く,高い組織障害性を示すことで治療効果が期待されていたが,いかに病変部位に集積させるかが有効性・安全性を発揮する上で課題であった。近年,ドラッグデリバリーシステム(DDS)技術の進展により,組織選択的に薬剤を輸送することが可能になったことで放射性医薬品の利用が拡大している2)。その中で,放射性医薬品は核種を取り替えることで,診断のみならず治療を行なうことができるため,セラノスティクス(Theranostics =Therapy and diagnostics)として注目を集めており,多様な放射性核種とキャリア分子を組み合わせた放射性医薬品の開発が活発化している3,4)。一方で,放射性医薬品には課題も残されている。放射性医薬品に利用される放射性核種は一般に短半減期であることから保管ができないが,その多くは輸入に頼っているため,災害や国際事情により輸入が滞ると直ちに供給に支障を来し,当該医療行為が行えなくなるという問題が生じる。この放射性医薬品の安定供給の問題については,原子力委員会により医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプランが作成され,放射性核種の国産化を目指した取り組みが国を挙げて行われている。別の課題として,上記の通り,近年開発領域が拡大化している放射性医薬品に関する規制が追いついておらず,新規放射性医薬品の承認申請における要求事項が必ずしも明確になっていないことが挙げられる。本稿では,本邦の放射性医薬品を取り巻く規制要件等の状況について紹介する。

図1 セラノスティック対応放射性医薬品の概要


2.放射性医薬品の国内および諸外国の規制状況

 時間とともに減衰する放射性核種を有する放射性医薬品は,一般的な医薬品とは異なる科学的特性のため,多くのICH 文書等で適用除外されている。一方で放射性医薬品に関する国内の指針は,「診断用放射性医薬品の臨床評価方法に関するガイドライン(平成24 年6 月)」のみとなっており,研究開発・承認申請の各段階における要求事項が明瞭に示されているとは言い難く,放射性医薬品の円滑な研究開発・承認申請において問題となっている。これら放射性医薬品に関する規制要件の明文化が本邦における放射性医薬品の市場開発の活発化においては重要と考えられる。
 近年,欧米諸国及び国際機関においても放射性医薬品に関する文書作成が積極的に進められており,品質および非臨床試験に対する文書等が整備されつつある5-11)。そのため,本邦においても治療用放射性医薬品に関する品質・非臨床ガイドラインの整備が要望されている。このような背景のもと,新規の治療用放射性医薬品の製造販売承認申請および臨床試験開始に必要な非臨床試験,並びに臨床試験を実施する場合に考慮すべき基本的事項を提供することを目的として,治療用放射性医薬品の非臨床試験ガイドライン案が作成された。治療用放射性医薬品は主に悪性腫瘍の治療に用いられる場合が多いが,その他の疾患も対象になり得る。本稿では,2025 年にパブリックコメントにかけられた「治療用放射性医薬品に関する非臨床安全性ガイドライン(案)」について一般的な医薬品と異なる点に着目して紹介する。

 

3.放射性医薬品の非臨床試験

  具体的な試験要件を説明する前に,本稿における放射性医薬品の被験物質の分類について定義する必要がある。ガイドライン案では放射性医薬品を,@ 有効成分,A 安定性同位体置換体,B 未標識体,の3 つに分けている。@ は標的部位への送達に必要な分子とリンカーおよび放射性核種を含み,A では核種を安定同位体に置換した化合物,B は放射性核種標識前の化合物であり,A と異なり核種が同位体ではない他の元素の安定核種を含む化合物や,キレート化されていない化合物を指す。詳細は表1 を参照されたし。放射性医薬品は,非放射性成分として小分子のみならず,ペプチド・タンパク質など幅広いモダリティを利用しており,それにさらに多様な放射性核種を組み合わせるため,その性質は医薬品品目ごとに大きく異なる。そのため,一律の非臨床試験の実施ではなく,その製剤ごとの性質に合わせたケースバイケースでの柔軟な評価手法が必要な場合もあるとされる。
 以下に,治療用放射性医薬品の非臨床安全性ガイドライン案に記載されている各試験要件の中で,放射性医薬品特有のものについて説明する。各項目番号は,ガイドラインの中で使用されている番号を用い,冒頭にGL を添えている。

表1 非臨床安全性ガイドラインにおける放射性医薬品の定義

 

GL 2. 非臨床試験および項目

 治療用放射性医薬品の非臨床評価は,放射性核種の壊変により生じる放射線の影響と非放射性成分の生体内への曝露により生じる影響に注目する必要がある。核壊変により放出される放射線曝露に基づく影響については,放射線の種類と量を考慮して,非臨床安全性試験の項目の要否を検討することは可能である。放射線曝露による毒性に関しては,適切な文献情報等からの評価も可能である。一方,標識に用いた放射性核種の元素(非放射性核種を含む)及び/又は非放射性成分のうちの元素以外の部分について,ヒトへ医薬品としての投与経験が乏しい等,新規性の高い物質の場合には,非放射性成分(標識に用いた元素の安定同位体置換体,安定同位体がない場合は未標識体,用語解説及び表1 参照)を用いて,医薬品の新規有効成分に準じた非臨床安全性評価が必要である。この場合,新規非放射性成分の非臨床安全性評価に必要な項目は,当該医薬品の物理化学的特性4 及び適用疾患に応じて,ICH M3, ICH S6 及びICH S9 の各ガイドラインを参考とすることは可能である。


 ◆本稿の全容は「月刊PHARMSTAGE」2025年5
月号 本誌でご覧ください◆


  月刊PHARMSTAGEのホームページはこちら
  
https://www.gijutu.co.jp/doc/magazine_pharm%20stage.htm




参考文献
1)放射性医薬品協会,放射性医薬品基準解説書,2016 年6 月,
  http://www.houyakkyou.org/img/housha_img/kaisetsu_160630.pdf

2)Zhang T, Lei H, Chen X, Dou Z, Yu B, Su W, Wang W, Jin X, Katsube T, Wang B, Zhang H, Li Q, Di C. Cell Death Discov. 10, 16 (2024)

3)Munekane M, Fuchigami T, Ogawa K. Anal Sci. 40 (5), 803-826(2024)

4)Sallam M, Mohammadi M, Sainsbury F, Nguyen NT, Kimizuka N,Muyldermans S, Bene?ova-Schafer M. Front Oncol. 14, 1397790(2024)

5)European medicines agency,“ Concept paper on the revision of the Guideline on Radiopharmaceuticals”,2023 年7 月

6)European medicines agency,“ Guideline on the non-clinical requirements for radiopharmaceuticals (Draft)”,2018 年11 月

7)U. S. Food and drug administrations,“ Guidance for Industry :Oncology Therapeutic Radiopharmaceuticals : Nonclinical Studies and Labeling Recommendations” 2019 年8 月

8)U. S. Food and drug administrations,“ Nonclinical Evaluation of Late Radiation Toxicity of Therapeutic Radiopharmaceuticals”2011 年11 月

9)“IAEA/WHO guideline on GMP for investigational radiopharmaceutical products.”WHO Technical Report Series 1044, WHO Expert Committee on Specifications for Pharmaceutical Preparations 56th report, Annex3 (2022).
  https://cdn.who.int/media/docs/default-source/medicines/normsand-standards/guidelines/production/trs1044-annex3-good-manu facturing-practices-for-radiopharmaceutical-products-(1).pdf?sfvrs n=fa6af369_1&download=true

10)“IAEA/WHO guideline on GMP for radiopharmaceutical products.”WHO Technical Report Series 1025, WHO Expert Committee on Specifications for Pharmaceutical Preparations 54th report, Annex 2 (2020).
  https://cdn.who.int/media/docs/default-source/medicines/who-technical-report-series-who-expert-committee-on-specifications-for-pharmaceutical-preparations/trs1025-annex2.pdf?sfvrsn=7aceb0c1_6

11)“IAEA/WHO good manufacturing practices for in-house coldkits for radiopharmaceutical preparations.” WHO Technical Report Series 1052, WHO Expert Committee on Specifications for Pharmaceutical Preparations 57th report, Annex 3 (2024).
  https://cdn.who.int/media/docs/default-source/medicines/norms-and-standards/current-projects/qas23_932_gmp_for_in-house_cold_kits_for_radioph_prep_public-consultation.pdf?sfvrsn=cfbff75b_1

 

セラノスティクス 医薬品 規制 試験 要件 専門誌


 

このトピックスに関連する書籍

晶析プロセスの設計・制御と結晶解析手法 2025年2月 A4判 約500頁 59名 2282