「月刊PHARMSTAGE」2025年6月号プレビュー

特集 「非臨床開発のDX推進と自動化の事例」

動物実験管理プロセスのデジタル化

(Digitalization of the animal experimentation management process.)


三浦 淳平

ビジネスエンジニアリング(株) ソリューション事業本部 
デジタルライフサイエンス本部 ソリューション1部 副部長

1.はじめに

 近年,製薬業界における非臨床開発の戦略的重要性はますます高まっている。新薬の安全性と有効性を評価するこの段階は,研究開発プロセス全体の成功を左右する鍵となる。その中心的な役割を長らく担ってきたのが動物実験である。しかし,状況は大きな転換点を迎えている。2025年4月10日,米国食品医薬品局(FDA)は,一部の抗体薬を対象として,動物実験を段階的に廃止するためのロードマップを発表した 1)。  この歴史的な方針転換の背景には,複数の要因が存在する。第一に,従来の動物モデルがヒトでの安全性や有効性を必ずしも正確に予測できないという科学的認識の高まりがある。(FDAによると,実際,動物実験で安全かつ有効とされた薬剤の90%以上が,ヒトでの臨床試験段階で安全性や有効性の問題から承認に至らないとされている2)。)第二に,より効果的でヒトへの関連性が高い新しいアプローチや方法論(New Approach Methodologies: NAMs)の登場である。これには,AI(人工知能)を活用したコンピューターモデリング,ヒト細胞を用いたオルガノイドや臓器チップ(Microphysiological Systems: MPS)などが含まれる3)。FDAはこれらのNAMsを活用することで,医薬品評価プロセスを加速し,研究開発(R&D)コストを削減し,動物福祉(3Rs: Replacement, Reduction, Refinement)を向上させることを目指している。この動きは,2022年末に成立したFDA近代化法2.0(FDA Modernization Act 2.0)によって,医薬品の非臨床試験における動物実験の義務付けが撤廃された流れを汲むものである2)。
  このような規制環境の劇的な変化は,これまで多くの研究施設が抱えてきた課題をより一層浮き彫りにする。紙ベースでの情報管理,異なるシステム間での手作業によるデータ入力,実験申請書との照合作業,ケージラベル作成における転記ミス,偶発事象発生時の迅速な情報共有の難しさなど,従来のアナログな管理プロセスは,ヒューマンエラーのリスク,データの分断,情報共有の遅延といった問題を内包してきた。  
  FDAの発表は,これらの課題解決に向けたデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性を,単なる業務効率化の手段から,規制対応と将来の競争力維持のための戦略的必須要件へと引き上げた。もはやDXは,既存の動物実験プロセスを最適化するためだけのものではなく,NAMsから生成される多様かつ膨大なデジタルデータを管理・統合し,その価値を最大限に引き出すための基盤そのものとなるだろう。本稿では,動物実験管理プロセスの現状と課題を再確認し,FDAの新たな方針を踏まえつつ,デジタル化による解決策を解説する。デジタル技術の導入がもたらすメリットを適用事例と共に示し,NAMs時代を見据えた「動物実験管理プロセスのデジタル化」の今後の展望を考察する。

2.動物実験管理の現状と課題

 従来の動物実験管理プロセスにおいては,法規制やガイドラインの遵守,適切な資格を持つ者による業務遂行,承認された計画に基づく実験実施など,多くの要求事項が存在する。しかし,多くの研究施設では,これらの要求事項を満たす上で,以下のような現状に直面している(図1:動物実験管理プロセスへの要求事項と現状)。

図1:動物実験管理プロセスへの要求事項と現状

・法規制/ガイドラインへの追従困難: 頻繁な法規制やガイドラインの変更に対し,既存の各種システムが対応しきれず,老朽化が進んでいるケースが見られる。
・システム間の連携不足: 資格管理システム,実験計画システム,動物管理システムなどが個別に存在し,システム間でデータの整合性を取るための付帯業務が発生している。
・コンプライアンスリスク: 研究者の異動や実験期間の延長に伴う資格逸脱のリスク,標準作業手順書(SOP)からの逸脱リスクなどが,手作業によるチェックの限界から生じやすくなっている。
・非効率な業務: データの転記作業や紙媒体での管理が依然として多く,業務の非効率性を招いている。

これらの現状を放置することは,単なる非効率にとどまらず,深刻な課題やリスクを引き起こす(図2:動物実験管理プロセスの課題)。

図2:動物実験管理プロセスの課題

・付帯業務の増大: 法規制対応のための確認作業やデータ照合といった,本来の研究開発とは異なる付帯業務が増加する。
・研究開発の遅延: 情報収集や整理,システム間のデータ転記に時間がかかり,研究開発全体のリードタイムが長大化する。
・コンプライアンス違反のリスク: 関係者間での情報の不一致や手作業によるミスが,意図しないコンプライアンス違反につながる可能性がある。特に,ケージラベルの転記ミスや,死亡・異常発見時の連絡遅延などは,動物福祉の観点からも重大な問題である。

・逸脱リスクの増大: 情報の不一致や確認漏れが誤作業を誘発し,実験計画からの逸脱リスクを高める。

 そして,FDAによる動物実験段階的廃止の方針は,これらの課題をさらに深刻化させる可能性がある。今後,非臨床試験においては,従来の動物実験データに加え,NAMsから得られる多様なデータ(コンピューターシミュレーション結果,オルガノイドの画像データ,MPSのセンサーデータなど)を統合的に管理・評価する必要性が高まる。現行のサイロ化された,あるいは手作業に依存した管理プロセスでは,これらの複雑なデータを適切に扱い,規制当局の要求に応えることは極めて困難である。
 特に,NAMsデータの信頼性を担保するためには,データの完全性(Data Integrity),セキュリティ,そして変更履歴を追跡できる監査証跡(Audit Trail)の確保が,これまで以上に厳格に求められる。手作業によるデータ入力や紙ベースの記録は,これらの要件を満たす上で大きな障壁となる。また,FDAが示すロードマップでは,動物実験が「例外」となる将来像が描かれており,柔軟性のない旧来のシステムでは,このような規制の変化に迅速に対応することも難しい。したがって,旧態依然とした管理プロセスを維持することは,コンプライアンスリスクを高めるだけでなく,NAMs導入の遅れを招き,結果として研究開発の競争力低下に直結する可能性が高いと言える。

3.デジタル化による解決策

 動物実験管理プロセスの課題は,デジタル技術の活用によって解決可能である。その構成要素として,以下のような点が挙げられる(図3:動物実験管理プロセスのデジタル化の構成要素例)。

図3:動物実験管理プロセスのデジタル化の構成要素例

 〜中略〜

4.適用事例

 動物実験管理プロセスにおけるデジタル化の具体的な適用事例を2つ紹介する。これらの事例は,既存の動物実験プロセスを対象としたものであるが,そこで構築されたデジタル基盤や導入された原則が,来るべきNAMs時代への移行にとっても不可欠な要素であることを示唆している。

4.1 ケース1)「資格管理」×「実験計画」
 このケースでは,実験者,実験事務局,資格管理者,審査委員といった複数の関係者が関与し,それぞれが独立したツール(Word,Excel,メール)を用いて作業を行っていた。その結果,以下のような課題が発生していた。
 ・実験者: 申請書テンプレートが頻繁に改訂されるため,常に最新版を意識する必要があり,過去の申請データの流用も困難であった。
 ・実験事務局: 提出された申請書が最新テンプレートか,記載内容に不備はないか,関連資料が揃っているかなどを,ファイルを開きながら一つ一つ手作業で確認し,メールでのやり取りも多く,作業漏れのリスクがあった。
 ・資格管理者: 申請された実験従事者の資格情報を,別途管理しているExcelファイルと手作業で照合し,実験期間中の資格切れがないか定期的に棚卸しする必要があった。
 ・審査委員: 様々な形式で提出された複数の資料を確認する必要があり,メールでの質疑応答も煩雑であった。

     〜中略〜

 これらの課題に対し,各情報を有機的に連携させ,変化に強いクラウドベースのノーコード業務システム構築ツールを導入した。解決のポイントは,関連情報(申請情報,資格情報,審査情報,コミュニケーション履歴)がシステム内で一元管理され,相互に紐付けられたことで,情報の転記作業が不要になった点,そして法規制等の変更に伴うシステムの改修が迅速に行えるようになった点である。
 これにより,各課題は以下のように解消された。
 ・実験者: システムが改訂に追従し,常にテンプレートが最新の為,過去の申請データもコピーして効率的に作成できるようになった。
 ・実験事務局: テンプレートの確認作業が不要になり,申請状況は一覧画面でステータスと共に可視化され,質疑応答も申請データに紐付けて管理できるようになった。関連資料もPDFで1ファイルに集約でき,確認作業が効率化された。
 ・資格管理者: 従事者の資格情報管理に注力するだけで,システムが実験計画と資格情報を自動で照合し,期間中の有効性も定期的にチェックし抽出されるようになった。
 ・審査委員: 資料がPDFで1ファイルに集約され,自身の審査状況も一覧で把握できるようになり,審査の利便性が向上した。
 この事例は,資格管理と実験計画という,従来は分断されがちだった情報をデジタル技術で連携させることで,コンプライアンス遵守の確実性を高めつつ,関係者全体の業務効率を大幅に改善できることを示している。ここで構築された「承認された計画に基づき,適切な資格を持つ担当者が作業を行うことをシステムで保証する」という仕組みは,将来,特定のNAMsアッセイを実施するための認定資格管理などにも応用可能となるだろう。

4.2 ケース2)「資格管理」×「実験計画」
 このケースでは,実験計画の承認から動物の発注,飼育管理に至るプロセスにおいて,複数のシステム(申請システム,発注システム,Excel)と手作業が混在していた。主な課題は以下の通りであった(図 6 ケース2) 「 実験計画」×「動物管理」の課題)。
 ・実験者: 動物発注時に,承認された実験申請書と見比べながら,承認された動物数と既発注数を手計算で確認する必要があった。
 ・実験管理室: 発注依頼の背景にある実験申請の内容や承認状況を申請システムで別途確認し,発注数が承認範囲内か都度集計する必要があった。
 ・発注担当者: 各実験者からの依頼をExcelで代理店ごとに集約し,発注書を作成してFAXで送付。飼育室の空き状況もExcelと現場確認を併用していた。
 ・飼養者: 飼育管理やケージ管理をExcelで行い,動物に関する重要な情報(例:特別な処置)を実験者からメールで受け取り,手書きでケージラベルに追記していた。

 ここでも,クラウドベースのノーコード業務システム構築ツールを導入し,情報の連携と一括処理機能の強化を図った。解決のポイントは,実験計画から発注,飼育管理に至る情報がシステム内でシームレスに連携され,転記作業が撲滅されたこと,そして業務単位での一括処理(発注書の自動作成,ケージラベルの一括印刷など)が可能になったことである。
 各課題の解消状況は以下の通りである。
 ・実験者: 承認された実験申請から直接発注依頼を作成できるようになり,発注可能数はシステムが自動チェックするようになった。
 ・実験管理室: 発注依頼時点で承認状況と数量が確認済みのため,別途確認作業が不要になった。
 ・発注担当者: 代理店ごとの発注取りまとめと発注書作成がシステム上で容易になり,飼育室の空き状況確認もシステム化された(現場確認は限定的になった)。
 ・飼養者: 発注情報からケージラベルが一括印刷できるようになり,実験計画書からの重要情報(赤字印字など)も自動連携されるようになった。

 この事例は, プロセスの上流(実験計画)から下流(動物管理)までをデジタルで繋ぐことの価値を示している。特に,承認された計画に基づいて後続の作業(ここでは動物発注やケージラベル作成)が自動的に制御・実行される点は重要である。これは,将来,承認されたプロトコルに基づいて特定のNAMs試験を自動的に開始し,関連するデータを管理するといった,より高度なデジタルワークフローへの応用を想起させる。
 これらの事例が示すように,既存の動物実験プロセスを対象としたデジタル化であっても,そこで実装されるデータの統合,ワークフローの自動化,一元的な情報管理,そして監査証跡の確保といった原則は,NAMsベースの新しい非臨床開発プロセスを支えるための不可欠な基盤となる。適応性の高いデジタルツールを活用してこれらの基盤を整備しておくことが,来るべき変化への備えとなる。

5.今後の展望

 前段で注目ポイントとしたセキュリティと監査証跡を担保し,法規制等の変化にも俊敏に対応可能なデジタル技術(クラウドのノーコード業務システム構築ツール)による解決事例は,動物実験管理プロセスにおけるデジタル化:情報連携を最適化し,転記作業を撲滅するための最初の第一歩に過ぎない。
 この堅牢かつ柔軟なデジタル基盤が整備されることで,いよいよAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット),NAMs技術といった先端技術との本格的な融合が現実的な視野に入ってくる。ここでは,5つほど,その先の世界を想像する。(以降,本稿で推奨するデジタル基盤上に整備された情報を「ベース情報」と呼ぶ。)
(1) NAMsシステムのリアルタイム・自動モニタリングとデータ融合
 「ベース情報」基盤に,各種センサー(例:オルガノイド培養環境センサー,MPSチップ内の微小流体センサー)やAI搭載カメラ(例:細胞の形態変化や挙動解析)を接続する。これにより,in vitro や ex vivo のNAMsシステムの培養環境,細胞の状態,応答などを継続的かつ客観的にモニタリングし,高品質なデータとして収集する。これらのデータは「ベース情報」基盤に自動的に連携され,手作業による記録や転記を排除する。これにより,NAMsデータの精度と 再現性が向上し,より信頼性の高い評価が可能になる。これは従来の動物の飼育環境


 ◆本稿の全容は「月刊PHARMSTAGE」2025年6
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  月刊PHARMSTAGEのホームページはこちら
  
https://www.gijutu.co.jp/doc/magazine_pharm%20stage.htm




参考文献

1)非臨床試験のパラダイムシフト,薬事日報ウェブサイト,(2025年4月18日),
https://www.yakuji.co.jp/entry117463.html

2)FDA's plan to phase out animal testing could accelerate approval of new sunscreens in US,(2025年4月17日),
https://www.healio.com/news/dermatology/20250416/fdas-plan-to-phase-out-animal-testing-could-accelerate-approval-of-new-sunscreens-in-us

3)動物実験を段階的廃止へ−抗体医薬がターゲットに,薬事日報ウェブサイト,(2025年4月16日),
https://www.yakuji.co.jp/entry117405.html