1.はじめに
近年,医薬品業界ではモダリティ/剤型の多様化や研究開発の効率化,製造能力の最適化などのため,CMO(医薬品製造受託機関)の利用が活発になっている一方で,昨今の国内CMOにおける品質不正事案を受けて,行政は製造販売業者によるCMOの管理監督の重要性を強く求めている1)。
中外製薬においても自社の成長戦略の実現に向けて外部パートナーであるCMOとの協業の機会が増えている。当社は2030年に向けた成長戦略であるTOP
I 2030を策定し,「R&Dアウトプット倍増」,「自社グローバル品毎年上市」を目指している。当社の製薬部門では,この成長戦略の実現に向けて多くの創薬アイディアを医薬品として患者さんに届けるための生産技術を確立すること,グローバル水準の品質と安定供給を可能とする自社グローバル製品のサプライチェーン体制を確立することの2点を迅速に行う必要がある。そのためには自社工場での内製だけでなく,外部の設備や専門技術も積極的に活用していく必要があり,CMOとの協業が増えてきている。
高品質な医薬品を患者さんに確実に届けたいという想いは,製造販売業者である当社と製造業者であるCMO双方で共通であると考えている。この想いを実現するためには,CMOと緊密に連携し,品質に関する価値観を共有することが必要であると考えている。そのため当社は,CMOとは単なる委託側・受託側の関係の枠を超えた,“高品質な医薬品を患者さんへ届けるための重要なパートナー”として捉えている。
当社品質保証部門においても,外部パートナーであるCMOとの協業が拡大している状況の中,我々の考えを様々なCMOと共有し頑健な供給体制を維持するためには,従来の品質契約に基づく活動とともに追加的なアプローチが必要と考えている。
本記事において,はじめにCMOへの委託の進め方の全体像を説明する(2項)。次に,当社品質保証部門として取り組んでいる活動について,委託するCMOの決定から生産体制確立までのフェーズ(3項)と,生産体制確立後フェーズ(4項)の2つにわけて紹介する。
2.CMOへの委託の進め方の全体像
CMOへの委託の進め方は,1. 複数の候補から委託先を決定し,2.
選定したCMOへの技術移転とプロセスバリデーションを経て生産体制を確立し,3. 安定供給のための日常的な製造を行う,という流れが一般的であると考える。
当社では,この流れを踏まえCMOとの協業を,「選定」,「導入」,「管理」,「終結」の4フェーズに分けた管理手法を構築している。図1に委託終了段階である「終結」を除く委託フェーズごとのCMO管理手法の概要を示した。

図1 委託フェーズに応じたCMO管理手法の概要
図1で示したように,当社ではそれぞれのフェーズで異なる活動を実施している。これは,各フェーズで得られる情報量に差があること,CMOでの生産体制確立におけるリスクを低減することで計画遅延を防ぐこと,上市後の安定供給を維持することなどが背景にあるが次項から詳しく説明していきたい。
3.頑健な生産体制確立までの品質保証部門の活動
ここでは,1. CMOに対する当社の評価指標,2.委託するCMOを決定する「選定」フェーズ,そして,3.技術移転を行い生産体制を確立する「導入」フェーズのそれぞれにおける品質保証部門の活動を紹介する。
3.1 CMOに対する当社の評価指標
当社では,CMOの包括的な評価指標として図2に示す通り,ビジネス,品質保証,供給,生産パフォーマンス,ITセキュリティ,EHSといった多角的な視点からCMOを評価している。候補のCMOから委託先を検討する際,CMC領域では製造・分析などの技術部門やビジネス部門,そして品質保証部門を含む部門横断的なチームが結成される。供給の視点では製造キャパシティ,生産パフォーマンス視点ではCMOの保有している製造・試験技術や設備等の評価が含まれる。品質保証の視点のみでなく,他の視点も含む包括的な評価により,どのCMOに委託するかを総合的に判断している。以降,品質保証の視点に焦点を当てて説明する。

図2 委託するCMOを決定する際の評価の視点
品質保証の視点では,CMOが最新のGMPに準拠した品質システムが整備されているかという点はもちろん重要である。また,海外に輸出する製品を委託する場合には,CMOにおける海外GMP(特に欧米要件)に対する準拠の状況や海外当局査察の受審実績等も確認している。
さらに,当社では委託先におけるData Integrity (DI)への対応状況を重視している。導入フェーズの技術移転開始からプロセスバリデーション実施までの間に取得したデータは薬事申請に用いられることが多いため,取得したデータに疑義が生じた場合,申請や承認の計画が遅れるリスクがある。また,近年の国内外査察情報によると,DIに関する指摘事項は依然として頻繁に発出されている。さらに,DIに対する対応状況が脆弱であることは,一般的に品質不正事案の発生にもつながりやすい環境であるとも言える。患者さんが必要とする医薬品が安定して供給できないという状況は絶対に起こしてはいけない。このような安定した供給体制の確立・維持の観点において,委託するCMOのDIレベルの把握は重要であると考えている。
3.2 委託するCMOの決定(選定フェーズ)
委託後の品質確保および安定供給を確実に実現するために,候補先となるCMOの品質システムの状況や,不正防止の観点でDIレベルを把握する必要がある。委託するCMOを決定するまでの当社品質保証部門の評価の流れを説明する。
はじめに,候補先のCMOに関する初期調査を行う。候補先CMOに対する過去の当社の委託実績の有無や委託実績があった場合,過去の監査実施結果などの情報収集を行う。委託実績のないCMOや以前の委託から期間が空いている等の理由で情報の更新が必要と考えられるCMOの場合には,品質システムチェックリスト及びDIチェックリストと呼ばれる自社で作成したツールを用いて情報収集及び評価を行う。品質システムチェックリストはGMP省令やPIC/S
GMPで求められる一般的な品質システムの構築状況を確認できる内容であり,品質システム(変更管理,逸脱管理,供給者管理等),製造管理,品質管理,倉庫管理等の項目で構成されている。DIチェックリストは,PIC/SのDIガイダンスを基に作成しており,一般事項(DIポリシーの制定や教育状況やガイダンスとのGAP分析の実施状況等),電子記録や紙記録の管理方法等の項目で構成されている。
次に, 候補先CMOへのDue Diligence監査(DD監査)を行う。DD監査では委託候補の実地での施設・設備の管理状況や,品質システム運用状況を確認する。DD監査は,契約締結前の実施であるため費やすことのできる日数や時間が非常に限られており確認できる情報の量・質には限度がある。そのため,前述した品質システムやDI対応状況のチェックリストで得られた情報をもとにDD監査で確認すべきポイントを絞り込むような工夫をしている。
〜中略〜
3.3 CMOでの生産体制の確立(導入フェーズ)
委託するCMOが決定した後には,上市にむけた生産体制の確立をCMOと連携して進める。CMOとの製造委託契約が締結された後に,技術移転活動が開始されGMP製造の準備に取り組む。このような導入フェーズにおける品質保証部門としての活動を4点紹介する。
1点目は品質契約の締結である。製造準備と並行して,CMOとの品質契約の締結に向けた交渉を進める。品質契約の締結はGMP製造の開始までに完了することを当社のルールとしている。
〜中略〜
4.生産体制確立後の品質保証部門の活動(管理フェーズ)
生産体制が確立した後は,継続した製品品質の確保および安定供給という共通の目的に向けて引き続きパートナーであるCMOとの相互連携が必要である。生産体制確立後の当社品質保証部門の活動を図3に示した。
品質保証部門の活動として,CMOと締結した品質契約に基づき変更管理や逸脱管理,品質情報対応,出荷判定等の日常的な連携を行う。当社では各CMOに品質保証担当者を設定しCMOとの密接なコミュニケーションを築くことで,関係性の維持を図っている。また日常的な連携に加えて,監査や製品品質年次照査の結果のレビュー等の定期的/要時の活動を実施する。これらの活動の他,最新の薬事規制や当局通知に関する対応状況を確認するためのアンケートによるCMOの更なる情報把握や,品質保証の最近の動向に関する情報交換会(以後,情報交換会)という会を設けることで当社の品質保証に対する考えを伝えることに努めている2)。
今回は,生産体制確立後の活動に関して,1. CMOとの日常的な品質保証担当間の連携,2.
CMOのパフォーマンスに対するマネジメントレビュー,3. 関係性構築・対話のためのJoint
Quality Meetingの3つの取り組みを紹介する。

図3 生産体制確立後の品質保証活動の概要
4.1 CMOとの日常的な品質保証担当間の連携
生産体制確立後には,図3で示した日常的な活動を,生産・出荷計画に即して遅滞なく進めていく必要がある。そのために品質保証担当者間の密接なコミュニケーションは重要であると考えており,メールや文書の授受による対応だけでなく,CMOとの定期的な会議による意見交換やCMOへの訪問機会を増やすなどの取り組みを行っている。
これまでCMOとの協業の中で各社が培ってきた品質システムや考え方との相違に数多く接してきた。しかし,会社間の考え方の相違はどちらか一方が正しいということではなく,コミュニケーションにより相互理解を深め両社にとっての最適解を見出していくことが重要と捉えている。
例えば変更管理において,当社とCMOで変更管理プロセスに要する時間や評価に必要な情報に対する考え方に相違がある場合がある。CMOで計画された変更案件について,グローバルなサプライチェーンで生産活動を行い,海外ライセンシーにも製品供給している当社にとっては各ステークホルダー(国内外ライセンシーや他のCMO)にその変更の影響評価を確認する必要がある。各国の規制を遵守するためには,求められる技術情報・根拠資料に差異が生じたり,変更実施前に対応期間の異なる各国の薬制対応を待つ可能性もあるため,CMO側の想定よりも案件終結(変更実施までの期間)に長い時間を要する場合もある。
〜中略〜
4.2 CMOのパフォーマンスに対するマネジメントレビュー
次に,CMOのパフォーマンスを品質保証の視点でモニタリング,評価するために実施している当社のマネジメントレビューを紹介する。
数多くのCMOと協業している当社の状況を考慮すると,各CMOのパフォーマンスを網羅的に把握・評価し,必要に応じて対策を検討・実行するような仕組みをもつことが必要になってきている。そのため当社では,品質保証責任者を含む品質保証部門のマネジメントが,当社製品の製造を委託している全てのCMOのパフォーマンスを把握するためのマネジメントレビューを年に一度の頻度で実施している。このマネジメントレビューにおいては,変更管理,逸脱調査,品質情報調査や定期監査等のCMOとの連携を通じて得られたデータを活用し,3つの指標で評価を実施している。図4にマネジメントレビューの結果の例を示した。

図4 マネジメントレビュー結果の例
〜中略〜
4.3 Joint Quality Meeting
最後に,2024年から取り組んでいるJoint
Quality Meetingを紹介する。当社はCMOと双方向のコミュニケーションの場として,当社製品の製造を委託しているCMOのQA担当者を招待して集合形式で実施する情報交換会を2014年から毎年開催し,当社が考える品質保証のあり方や査察のトレンド,および自社工場での取り組み事例(Quality
Culture醸成活動や逸脱削減に向けた取り組みなど)を紹介してきた。情報交換会の開始から10年経つが,当社としてCMOとの協業がさらに進んでいること,また,近年当局が製造販売業者と製造業者との連携強化を強く求めていることを考慮し,改めて当社としてCMOとの関係性をさらに深めていくために当社が国内の各CMOに訪問し意見交換を行うJoint
Quality Meetingを2024年から開始した。
Joint Quality Meetingの目的は,1社対1社の場を設けることにより前述の情報交換会よりも具体的に当該CMOの状況に応じた意見交換,相互理解により,関係性をさらに強化することである。
5.最後に
本記事において,CMOとの協業が加速している当社の現状を踏まえた,品質保証部門としての考えや活動の一例を紹介した。
当社が世界中の患者さんに高品質な医薬品を届けることで社会に貢献していくためにはパートナーであるCMOとの協業は不可欠である。品質保証部門として,頑健な生産体制を迅速に確立し,患者さんへの安定供給を継続できるようにCMOとの連携強化に努めていきたいと考えている。
さらに,新たな規制要求などの環境変化も踏まえながら,当社がパートナー企業とともにできることは何か,患者さんのために何をすべきか考え続けて引き続き当社としてのCMOとの協業を発展させていきたい。
◆本稿の全容は「月刊PHARMSTAGE」2025年6月号 本誌でご覧ください◆
月刊PHARMSTAGEのホームページはこちら
https://www.gijutu.co.jp/doc/magazine_pharm%20stage.htm
参考文献
1)薬生監麻発0428第2号,医薬品の品質問題事案を踏まえた製造販売業者及び製造業者による品質管理に係る運用について,2022
2)末永卓也,塚崎匡,中外製薬の品質保証面におけるCMOマネジメントの考え方と手法,PHARM
TECH JAPAN 39 (11), p2041-2046, 2023
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